2016年5月6日金曜日

【21st Century Education①】Green School (インドネシア) 基礎情報編

明日、インドネシアのバリ島にあるGreen Schoolを訪問します。Green Schoolとは、カナダ出身のJohn Hardyが気候変動に強い問題意識を持った結果、設立した学校です。そこでは自然との共生をベースに「創造性」「全人的発達」「個人別学習」の3つを主要な教育目標に掲げています。



John Hardyがなぜ気候変動に問題意識を抱いたかというと、前アメリカ副大統領だったAl Goreの環境保全活動を描いたドキュメンタリー『不都合な真実』と出会ったためです。今回の基礎情報編では、John HardyGreen Schoolという学校を創るほど深刻化している気候変動の現状についてまとめていきたいと思います。


映画『不都合な真実』


まず、気候変動によってもたらされる主なリスクをまとめますと、以下の8項目になります。要約すると、食と住の安全が脅かされ、生態系のバランスが崩れていくということになるでしょうか。後述しますが、気候変動はますます進行するため、私たちの子どもの世代や孫の世代は下記のリスクがより頻繁に発生する時代を生きることになりそうです。


出典)IPCC第5次評価報告書


次に、気候変動の原因となっている地球温暖化についてですが、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書によれば、「人間の活動が95%以上の可能性で地球温暖化を引き起こしている」ということがわかっています。それまでは「地球温暖化は自然界のサイクルによって起きている可能性もあり、人間が関連しているとは言い切れない」といった主張もありましたが、IPCCの報告書によって私たちの生活がほぼ確実に地球温暖化につながっていることが明らかになりました。



では、地球の温度はこれまでどれだけ上昇し、これからどれだけ上昇していくのでしょうか。IPCCの第5次評価報告書によると、産業革命時代の1880年から2012年の間に地球の平均温度は0.85℃上昇しています。そして、2100年までに温室効果ガス排出量次第で0.3~4.8℃の温度上昇が予測されています。0.85℃という数字を見るとたいした変化ではない印象も受けますが、1℃の変化には数千から数万年単位の時間を要するため、このスピードは異常と言えるのです。



そもそも地球はなぜ温暖化するのでしょうか。その原因となっているのが温室効果ガスであり、本来大気外に放出される太陽熱を吸収するためです。その中でも二酸化炭素が全体に占める割合とその増加率は他のガスよりも著しく高いため、最も問題視されています。以下の図は1970年から2010年までの温室効果ガスの推移を表しており、化石燃料の燃焼と経済活動によって排出された二酸化炭素(オレンジ色)が増え続けていることがわかります。


Source: IPCC2014 WGⅢ

最後に、気候変動のこれからについてまとめます。2015年の11月にフランスのパリでCOP21気候変動枠組条約第21回締約国会議)が開かれ、147ヵ国が温室効果ガスの削減目標を設定しました。その中身は2025年には55(52~57)GtCO2eq2030年には57(53~59)GtCO2eqにまで排出量を抑えるというものでした。
※カッコ内は数値の範囲、Gt10億トン、eq=相当



2100年までの地球温暖化を2℃以内(産業革命前の時代と比較して)に留めるためには、2030年時点で42GtCO2eq(31~44)の排出量を達成している必要があるため、2℃以内の温度上昇は実現が難しく、更なる気候変動を避けられない状況です。したがって、より環境に優しい社会へ転換する知恵と行動が求められており、Green Schoolはどのような教育で子どもたちにその力を育んでいるのか学んでいきたいと思います。

2016年4月24日日曜日

【Grow into a talent③】私は幸運にもとても若い時にダンスに恋をしました Gillian Lynne/ジリアン・リン(イギリス)


Source: Innvation for Development


1926年にロンドンの郊外で生まれたジリアン・リン(以下Lynne)はイギリスを代表するダンサーである。17歳でロイヤル・バレエ団の前身であるサドラーズ・ウェルズ・バレエ団に入団すると、『眠れる森の美女』などの大舞台で主役を射止め、スターバレリーナとしての地位を確立した。バレリーナを引退後は振付師として、全世界で絶大な人気を誇る『キャッツ』『オペラ座の怪人』『アスペクツ オブ ラブ』などの傑作をプロデュースした。



華やかなキャリアを歩み続けてきたLynneだが、幼少時代は憂鬱な日々を過ごしている。小学校での学業が振るわず、教師からは救いようがない存在として見放されていた。貧乏ゆすりがひどく、机にじっと向かうことができなかったため、遂には小学校側から学習障害のレッテルを張られてしまう。学習障害の通告を受けたLynneの両親は娘の未来をひどく心配し、専門の医者に相談することにした。



母親はLynneを連れて診断室に到着すると、学校での娘の状況を必死に説明し始めた。医師は20分ほど彼女の言葉に耳を傾けた後、Lynneの今後の人生を変えることになる実験を行った。



Lynne、私は君の状況をもっと詳しく把握するために、お母さんと別の部屋で話をしてくるから、ここで待っててくれ」



そう伝えると、医師はデスクに置いてあったラジオのスイッチを入れ、音楽が流れた状態でLynneの母親と部屋を出ていった。そして、部屋の外からLynneの様子をこっそり観察し始めた。



すこし経つと、Lynneは椅子から離れて、ラジオに近づいていった。そして、彼女はラジオのメロディーに合わせて身体を動かし始めたのだ。その様子を確認した医師は母親にこう話した。



「お母さん、娘さんは学習障害ではありません。彼女はダンサーなのです。どうか彼女をダンススクールに通わせてください」



医師のアドバイスに従って、Lynneにダンスを習わせ始めると、彼女はやっと自分の居場所を見つけられた。なぜなら、ダンススクールにはLynneのように身体を動かさないと思考ができない仲間たちがいたからだ。ダンススクールの初日の感想についてLynne自身はこう話している。



「それは言葉で表せないほど素晴らしいものでした。そこには私のような人たちがたくさんいたのです」



ダンスの才能に目覚めたLynneはダンサーとしても、振付師としてもヒット作品を次々と生み出し、巨額の富を築き上げてきた。しかし、ダンスはそれ以上の価値を彼女にもたらしてくれた。



踊ることはLynneが体験した第二次世界大戦という期間を絶望的なものからスリルな時間へと変えてくれた。爆弾が降り注ぐ日常の中でもダンスという喜びが希望を与えてくれたからだ。また、才能を開花させてくれた最愛の母親が交通事故で亡くなった際、踊ることは13歳だった彼女の心を支え続けてくれた。(Lynneは父親も戦争で亡くしている)



20134月、当時まもなく90歳を迎えるLynneは講演会の中で長寿の秘訣について語った。



「私は神に感謝しています。私は幸運にもとても若い時にダンスに恋をしました。そして、ダンスは生きることの目的と理由を与えてくれました」



※これはGillian Lynneのこれまでの人生をまとめた実話です。Lynneの講演の映像はこちら(https://www.youtube.com/watch?v=CX_O3HHYB_k)からご覧いただけます。

2016年4月20日水曜日

【教育私論③】PISAに基づく教育改革は子どもたちをどこに導くか?



前回の投稿に続き、OECD(経済協力開発機構)が2000年から3年ごとに実施しているPISA(国際学力到達度調査)について書きます。PISAとは、義務教育修了段階の15歳児を対象に数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力の3分野における知識の応用力を測定するテストです。



そこで得られる点数と国際順位は大きな影響力を持っており、各国の政府が将来の教育政策に反映させるほどです。例えば、PISAにおける順位の後退は日本のゆとり教育を終わらせ、学校教育の学習内容と授業時間を再び増やす要因になりました。では、PISAに基づく教育政策は本当に子どもたちの未来を明るく照らしてくれるのでしょうか?



PISA2012のアンケート調査によると、数学に対する日本の子どもたちの自己信念は最低レベルでした。自己信念とは5つの要素で構成されており、それらをPISA2012に参加した65の国と地域における日本の順位と一緒に以下にまとめました。(参照:PISA2012調査分析資料集)ちなみに、PISA2012の数学的リテラシーにおける日本の順位は65位中7位でした。



①興味・関心・楽しみ→60

②動機付け(将来役に立つと思うかどうか)→64

③自己効力感(具体的な問題を見た後、それを解けると思うかどうか)→63

④自己概念(わかる、できるという自信があるかどうか)→65

⑤不安(学習に対してネガティブな感情を持っているかどうか)→12位(順位が高いほど不安が大きい)



上記の結果が示すように、日本の子どもたちは数学に対して前向きな姿勢を持てていないことがわかります。しかし、これまでの日本の教育政策に影響を与えてきたのはPISAのテスト結果であり、子どもたちの学習に対する自己信念はそこまで重視されてきませんでした。テストの問題は解けるけれども、学習に対する興味、意欲、自信はあまりない。そんな子どもたちを私たちはこれからも増やし続けて良いのでしょうか?



次にお見せするのは、オレゴン大学のYong Zhao教授が2012年に発表した研究成果です。Yong Zhao教授はPISA2009における各国の点数とPerceived Entrepreneurial Capability(起業に必要な能力を持っているという自信)の関係について調査しました。(参照:TestScores vs. Entrepreneurship: PISA, TIMSS, and Confidence


Source: Education in the Age of Globalization, Yong Zhao


上の図からわかるように、PISAの成績とPerceived Entrepreneurial Capabilityには比例関係が見られません。反対に、PISAでトップクラスの成績を収めているシンガポール、韓国、台湾、日本は新しいビジネスを始めることに対して自信を持っている国民の割合が著しく低い状態でした。



日本は課題先進国と呼ばれるほど多くの深刻な社会問題に直面しているため、問題解決にチャレンジできる人材がますます重要になっています。したがって、子どもたちの起業家精神もPISA型学力と同じくらい大切に育んでいくべきではないでしょうか?PISAのテスト結果を重視するあまり、私たちは大切なものを置き去りにしているのかもしれません。

2016年4月16日土曜日

【教育私論②】PISAトップの上海は新しい学力観へシフト



上海は2426万人の人口を擁する中国最大の都市であり、2009年と2012年に国際学力到達度調査「PISA」において世界トップの成績を収めたことが国際社会から注目されました。PISA(Programme for International Student Assessment)とは、経済協力開発機構(OECD)が2000年から3年ごとに実施している学力到達度調査テストです。その目的は、義務教育修了段階の15歳児がこれまでの生活と勉強で得た知識をどれだけ活用できるかを測定することです。(実際の問題例はこちらhttp://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/からご参照頂けます)



2009年に初めてPISAに参加した上海は、数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力の3分野でトップにランクインし、2012年もトップの地位を独占しました。ちなみに、日本の2012年のランキングは65ヵ国中、数学的リテラシーが7位、科学的リテラシーが4位、読解力が4位でした。



PISAでの好成績は上海の教育に対する国内外の評価を高めましたが、上海政府は更なる点数向上と逆行する教育改革に着手し始めています。その目玉政策は「绿色指标」(グリーン指標)と呼ばれ、テストの点数を含めた以下の5つの指標で小中学校生の学習の質を評価します。



①モラルの発達(習慣、社会的責任、個性と性格、夢と信念など)

②学習に必要な力(知識と能力、自律、応用力、創造性など)

③好奇心と独自性の発達

④身体的・精神的健康

⑤学習の負担(授業数、宿題の時間、睡眠時間など)



なぜ上海はグリーン指標を導入するのでしょうか。その理由は、子どもの全人的発達を正しく把握し、それをサポートするためです。これまでの上海の教育ではテストが支配的な地位にあったため、学校と家庭は子どもの点数を上げるために過酷なテスト勉強の競争を繰り広げてきました。しかし、子どもが将来活躍するために必要な社会的責任、好奇心、身体的・精神的健康などはテスト支配型の教育の下では阻害されてきました。



例えば、自分の幸せだけでなく、他者や社会の幸せを考えて行動する社会的責任は、机に向かって勉強するという個人的作業だけでは育まれにくいと言えます。また、テストの点数をめぐる過剰な競争環境において、子どもたちは問題を解く機械と化し、本来重要な学習の目的と好奇心が損なわれてきました。そのため、上海政府は、未来必要となる学力を育むために、テスト支配型の教育環境を改革する必要がありました。



実は、冒頭で紹介したPISAは日本の教育政策にも大きな影響力を持つテストです。かつて日本の順位が後退した際には、PISAゆとり教育に対する危機感や批判を引き起こした一方で、日本の順位が回復すると今度は教育政策の成果として政治家のアピール要素に用いられてきました。しかし、PISAトップの上海はすでに脱PISAに向けて動き出しています。PISA2015の結果は2016年末に発表される予定ですが、日本が順位の変動に再び一喜一憂する価値はどれほどあるのでしょうか?

2016年4月11日月曜日

【Grow into a talent②】 自分らしく生きさせてくれてありがとう 吳季剛/Jason Wu(台湾)


Source: Official site of Jason Wu

1983年に台湾で生まれた季剛(以下Jason)は、現在世界をリードするファッションデザイナーである。2009年、Jasonが26歳の時には、初めてファーストレディとしてデビューするミシェル・オバマのためにドレスをデザインし、大きな話題となった。



Jasonは小さい頃から変わった子だと思われていた。男の子が好むアニメや車には興味を示さず、代わりに人形遊び、京劇、ファッションショーが大好きだった。Jasonの母親も息子の好みに首をかしげたが、どうやら服に強い関心を持っていることがだんだんとわかってきた。京劇が好きなのも色鮮やかな衣装が用いられるからだ。



しかし、Jasonの趣味は両親以外の人たちには異常に映った。人形への愛情は友達からのいじめの原因となった。また、両親の友人たちが家に遊びに来た際には、至る所に飾られている人形に驚き、「娘がいないのに、どうして人形があるんだ?」と聞いてきた。自分を否定されていると感じたJasonは涙を落した。



普通ではない息子の様子を見て、Jasonの母親は子育ての方針に悩んだ。
「今やっていることを辞めさせ、模範的な男の子として育てるべきか?」
「それとも、Jasonの個性を大切にしていくべきか?」
悩んだ結果、母親は、当時の社会を支配していた常識に反して後者を選んだ。



Jasonがこれ以上来客時に恥をかかないように、自宅に地下室を作り、そこに人形たちを展示するスペースを設けた。また、Jasonには兄がいて、兄は規則正しい環境を好む一方で、Jasonは自由奔放な環境を好んだため、学校選びには二人の個性に合うところを大切にした。やがて、Jasonにデザインの才能があるとわかった時、全国から一流のデザインの先生を探し回った。



だが、Jasonに続き、母親の息子への想いも周囲から冷たい視線を浴びるようになった。
「息子が人形遊びをやっているのに、辞めさせもしないで、逆に手助けしている」
保守的な空気が満ちていた時代において、彼女を理解できる人は少なかった。Jasonの母親自身も自分の子育てについて「他の人たちと違うことをするのは大変な挑戦でした」と振り返っている。



しかし、母親のサポートの下、Jasonはデザイナーとしての才能を開花させた。中学校1年生の時には自ら人形をデザインし、ネット上で販売するビジネスを始めた。大学はニューヨークでデザインを学ぶ一方で、ファッション業界の人脈を作るために業界人が集まるバーで2年間働いた。その後、そこで知り合った人たちの協力によって、自身のファッションショーを大学4年生の時に開くことになる。これらの積み重ねがやがて大統領夫人のためにドレスをデザインするという大仕事につながっていく。



Jasonの母親はいつも息子の人生をヒヤヒヤしながら見守っていたが、今は、彼の個性を尊重しながら子育てをしたことが正しいとわかった。名声を得た後でもJasonは1日20時間働くことがある。彼はファッションデザインを愛し続けていた。ある日、Jasonが言った言葉に母親はとても感動させられたという。その一言は彼女が行ってきた子育てをシンプルに表していた。


「ありがとう、ママ、僕に自分らしく生きさせてくれて」




※これはJason Wuのこれまでの人生をまとめた実話です。
Jason Wuのオフィシャルサイトはこちら(http://www.jasonwustudio.com/)からご覧頂けます。