2016年4月7日木曜日

【教育私論①】成熟社会を生きる子どもたちの教育



日本は1980年代の終わりに成長社会を終え、成熟社会に突入しました。成長社会とは、生活に必要な物やサービスが不足し、それらに対する人々の需要がたくさんある社会でした。一方の成熟社会とは、逆に物やサービスが満ち足りて、人々の需要が少ない社会です。



なぜ成熟社会へのシフトが起きたかと言うと、私たちが欲しい物やサービスがほとんど揃ったからです。成長社会では、人々の生活の不便に応えて企業は洗濯機、冷蔵庫、掃除機、炊飯器、クーラー、カラーテレビ、自家用車などの新商品を次々と生産し、私たちの問題を解決していきました。例えば、洗濯機を買うことで主婦たちの睡眠時間が1時間増えたと言われています。



ところが、欲しいものが一通り手に入ると、これ以上お金を使って何かを購入する必要性はなくなります。正確に言えば、生活をより豊かにしてくれる物やサービスがあれば、人々は今まで通りそれらを欲しがるのですが、成熟社会の人々の需要は高度化・複雑化しているため、成長社会よりも新たな物やサービスの発明が難しくなりました。90年代以降のヒット商品をちょっと考えてみても、成長社会のものほど多くは思い浮かばないのではないでしょうか。



消費意欲の低下に加えて、日本は2010年以降から人口減少時代をも迎え、需要の縮小が加速し続けています。ものが売れないために、企業の業績は悪化し、働く人たちの給料は下がり、最悪の場合は失業につながります。つまり、成熟社会の不況は人々の需要が物やサービスの供給を下回るゆえに発生しているのです。



成長社会から成熟社会に移行するにあたって求められる人材も変化しています。成長社会では、人々の大量の需要に応えるために、生産性や効率性が必要不可欠なものでした。生産費用と時間的ロスを抑えられれば、より少ないコストで多くの商品を作ることができ、その結果、より多くの消費者に商品を送り届けることができます。したがって、成長社会で活躍する人物像とは、1人で何人分もの仕事をこなす生産性を持ち、効率化競争の中で自らの生産性をさらに高めていける企業戦士でした。



ところが、この企業戦士が成熟社会で活躍できる場はかつての成長社会ほど多くはありません。成熟社会では、需要が不足しているため、生産側が生産性や効率性を追求しても、私たちが必要としていない物やサービスが増えるだけだからです。生活を豊かにするアイディアが浮かびづらくなった成熟社会では、生産性や効率性よりも人間の創造性や独自性が重要となり、それに合わせて発明家や芸術家のような人材をどう育てるかが教育の課題になると考えられます。



しかし、子どもに対する日本の教育と大人の態度はときにその子の創造性や独自性を奪ってしまう場合があります。例えば、価値あるものを新たに生み出すためには実験と失敗を繰り返す必要がありますが、私たちは子どもたちに対して最短ルートで成功することが最高で、失敗することが最悪だと教えてしまっていないでしょうか。したがって、教育に対する私たちのあたりまえにはまだ成長社会型の人材を育成する考え方が色濃く残されていると言えます。

2016年4月2日土曜日

【Grow into a talent①】ダイヤモンドをガラス玉に変える前に 劉大偉/Davy Liu(台湾)




▮自信がない少年


後にディズニーやルーカスフィルムのイラストレーターとして活躍する劉大偉(以下Davy)は1968年、台湾の台中で生まれた。両親はパン屋を営み、Davyは6人兄妹の末っ子だった。


幼少時代のDavyは自信が何かを知らなかった。両親の希望で習い始めたピアノは「大人が子どもを懲らしめるための道具だ」と表現するほど、苦痛でしかなかった。10年間、練習を継続したにもかかわらず、Davyはピアノで両親を満足させたことは一度もなかった。


小学校の勉強も大の苦手で、成績はクラス65人中64位だった。ちなみに、65位は知的障がいを抱えたクラスメートであり、当時のDavyは「クラス全員が知的障がいの生徒なら自分が1位になれるのに」と考えていた。


Davyが唯一興味を持っていたのは絵を描くことだった。授業での一番の楽しみは教科書に落書きをすることであり、アイディアが次から次へと浮かんだ。

「孔子が各国を回るのは大変だから、車を一台プレゼントしよう!」
「国父(孫文)がもし古代の美女だったら?」
「教科書の全ページに小人を描けば、パラパラめくると走り出すね」




絵を描く時だけDavyは嫌なことをすべて忘れることができた。


しかし、周りの大人は彼の絵に対する情熱を応援することはなかった。授業中の先生は落書きをするDavyを見つけると、チョークミサイルを飛ばしてきて、「Davy!絵なんか描くな!そんなもので将来飯は食えないぞ!」と怒鳴った。


Davyの母親もまた絵の価値を認めてくれなかった。一度、Davyが感謝の気持ちを伝えるために母親の絵を描き、それを本人にプレゼントした。だが、翌日、Davyは自分が描いた絵を家のゴミ箱で見つけた。「ママは勉強とピアノ以外は興味がないんだ」と悟った。



▮人生の転機となる中学時代


学校の成績でビリを取り続ける息子に失望していた両親はDavyをアメリカの中学校に送り出すことにした。Davyは勉強とピアノの地獄からやっと抜け出せたとほっとしていたが、新たな困難が待ち受けていた。


Davyはアフリカに着いたと思った。なぜなら、彼が通うフロリダの中学校は黒人学校だったからだ。背が低く、英語も現地の文化もわかっていない華人はすぐにいじめの対象となった。


憂鬱な日々を過ごしていたDavyを救ったのは美術のCase先生だった。美術の授業でCase先生はDavyの美術の才能を見つけ、「Davy, You are very talented!」と言ってくれた。「talent」の意味がわからなかったDavyは最初、先生に叱られていると勘違いしたが、家に帰って辞書で意味を調べると、talentが才能や天才という意味だと知った。


「絵を描くことは金にならないと両親に言われている」とDavyが話すと、Case先生はDavyの両親との面談を申し入れ、彼を美術の道へ歩ませるようにサポートしてほしいと頼んだ。


Case自身も全力でDavyの才能を開花させるべく日々描画の指導に当たった。自己肯定感が弱いDavyは自分の作品を卑下したが、Caseは「You can do it!」と励まし続けてくれた。そして、Caseの「You can do it!」という言葉は後にDavyが起業するKendu Filmsの名前の由来となる。


Davyの人生が大きく変わったのは全米最大規模の中学生アートコンテストに参加した時だった。当初、Davyはこのコンテストに参加するつもりはなかったが、Caseが彼の「東洋のドラゴン」(アメリカの現代建築を龍の形につなぎ合わせた作品)をこっそり提出していたのである。


結果は予想外の全米20位以内の入賞。当時、Davyはこの大会の影響力を理解していなかったが、実はアメリカ社会が非常に注目している大会だった。Davyはレーガン大統領からお祝いの手紙をもらうとともに、彼の中学校は優れた美術の人材を輩出する学校と認定され、美術科が設立されることになった。後に、この功績によりDavyは卒業生の代表発表者に選ばれることになる。


Davyは一躍いじめられっ子から学校のヒーローに生まれ変わった。そして、彼は自分の使命を芸術に見出すようになる。

「自分の創造力が発揮されるのはテスト用紙ではなく、白紙を渡された時だ」

そう悟ったDavyは本格的に芸術家を志すようになる。



▮母親との葛藤


全米大会で入賞しても母親はDavyの才能を応援することはなかった。母親にとっての息子の幸せは良い学校に入り、良い会社に入ることだった。


高校時代のDavyはミケランジェロの作品に魅せられ、部屋にこもって人間の裸体を描き続けた。Davyの母親は息子の頭がおかしくなったと思い、彼に描くことをやめさせようとした。


やがて、アトランタの美術大学に入学したDavyはわずか1年で大学に通う意義を見出せなくなった。自分が理想とする芸術と方向性が違うと感じた。


「毎日、レポートを書くことが芸術なのか?」
「そんなことをするためにここにいるわけではない。自分は絵を描きたい」


Davyは退学したい気持ちを両親に打ち明けた。すぐに母親が台湾から飛行機でやって来て、あらゆる方法で退学を阻止しようとした。


「これはわが家、最大の悲劇よ!!」
「わかっているわね?!両親があなたの学業のために、どれだけ台湾で頑張ってきたか!こんな仕打ちを受けるなんて、どれだけ私たちを傷つけるつもりなの?」
「Davy、もし大学を続けてくれたら、車を一台買ってあげるわ」


この時、Davyは思った。親は自分を全くわかっていない。自分が必要としているのはお金でも車でもなかった。必要だったのは、親が自分の夢を理解し、支持してくれることだった。結局、Davyは母親の執念に根負けし、自分に合う学校への転校を条件に学業を続けることにした。



▮ディズニーのイラストレーターとして


転校先の学校はディズニー社が実習生を選抜しに来る対象だった。ディズニーの実習は毎年1万人中8人が選ばれる狭き門だったが、Davyは半年に1回行われる選抜テストに参加することにした。1回、2回、3回・・・4回目でようやく実習生の権利を勝ち取った。


ディズニーに入社後は一流のアーティストたちと一緒に仕事をした。「美女と野獣」「アラジン」「ライオンキング」「ムーラン」などのディズニーの代表作を手掛ける一方で、「スターウォーズ」の制作チームにも加入した。


トップアーティストとして一週間で3000ドルを稼ぎ、高級マンションも手に入れた。マイケル・ジャクソンには「ライオンキング」、ダイアナ妃には「美女と野獣」の描き方を指導したこともある。Davyは名声も富も手に入れた。


何もかもがうまく動き出したかと思われたが、Davyは突如原因不明の恐怖症を発症した。呼吸が苦しくなり、心臓は爆発しそうになる。本気で自分はもうすぐ死ぬのだと思った。両親がたまらなく恋しくなり、台湾の家に帰りたいと電話しても、「そんなに良い仕事があって、なんで帰るの?!飛行機代がもったいない!」と冷たくあしらわれた。


両親の冷たい対応に深く傷つくDavyだったが、友人の紹介で精神科医に会うことになった。その先生はいくつか質問をした。


「ありのままの生き方では不都合かね?どうして人のために生きるんだ?」
「あなたのお母さんはあなたにとても期待してきたのではないか?」
「自分が望む生き方をあなたに課してきたのではないか?」


Davyはとても不思議に感じた。どうして初対面の先生が自分の母親のことをよく知っているのだろう。先生の言葉を機にDavyは自分の人生を振り返っていった。


子どもの時からDavyは母親からあらゆることに対して不満を持たれていた。成績は言うまでもなく、いじめられた時も自分が悪いと言われた。嫌いな食べ物は無理やり食べさせられ、勉強、ピアノ、大学・・・Davyが嫌うことを強制され続けてきた。


過去と向き合う中でDavyは「No」が言えない自分に気がついた。「No」を言うのは悪いことだ。「No」を言うのは失礼だ。これまで嫌なことでも母親の期待に応えるために受け入れ続けてきた。しかし、Davyは自分の弱さを克服することにした。もう他人のために生きるのはやめよう。



▮ダイヤモンドをガラス玉に変える前に



自分を取り戻した後、恐怖症は不思議となくなっていった。そして、Davyはディズニーに続く活躍の第二ステージを模索するようになる。


「もし、アニメの力を通して、自分のような自信がない子どもたちに希望を与えられたら?」
「世の中の職業をCowboyとCowに分けられるのなら、今後はCowboyになってみたい」


2004年、Davyは自分の想いを実現すべくKendu Filmsを設立する。会社にはかつて自分を救ってくれたCase先生の言葉「You can do it!」に因んだ名前をつけた。現在はアメリカを拠点に活動する一方で、中国政府の要請により中国アニメのレベルの底上げを任されている。


親に対するDavyの気持ちにも変化が生まれた。自分が受けてきた「填鸭式教育」(詰め込み教育)は自分の親に特有なものではなく、当時の華人社会全体を支配していたものであり、親を責めるべきではないと考えられるようになった。また、たとえ親と子の考え方が大きくかけ離れたとしても、親への愛情が失われることはなくなった。


2013年、Davyは「TED×Taipei」に登壇し、自らの経験を基に理想の教育について語った。


「どの子にも可能性が秘められている。どうか、どうか子どもと向き合ってその可能性を伸ばしてほしい。その子の命からダイヤモンドを見つけ出した時、子どもは自らの力でそれを磨き始めるでしょう。そのダイヤモンドはやがて人を照らすほどのまばゆい光を放ちます。幸運と才能はどの子にも備えられている。ただただ、私たちがダイヤモンドをガラス玉に変えてしまわなければ」




※これはDavy Liuのこれまでの人生をまとめた実話です。
Davy LiuのTEDはこちら(https://www.youtube.com/watch?v=Lm4vgG-0loo)からご視聴頂けます。

2015年7月24日金曜日

学力のバランスの考え方 藤の学び改革「旭川藤女子高等学校」(北海道)


「板書やノートに書き写す時間がもったいないのでカットします。代わりに、全教室に設置してあるプロジェクターを使ってパワーポイントを投影します。パワーポイントは資料として生徒にも配布します。」旭川藤女子高等学校は学校の学びを21世紀の社会に対応させるため、2014年から「藤の学び改革」をスタートさせた。今回は、改革の説明会に参加して聞いたことと考えたことについて書きたい。  

 
昭和28年に創立された旭川藤女子高等学校は少子化の煽りを受け、他校と差別化できる特色ある学校づくりが課題になっていた。同時に、生徒たちの学校生活に対する満足度は高い一方で、学力や進路において到達度が不十分であるという悩みも抱えていた。そこで、現状を打破するために、「藤の学び改革」と題して授業の見直しに着手した。
 
 
 

▮改革その1「アクティブラーニング スタディタイム」

「藤の学び改革」は大きく3つに分類できる。一つ目は「アクティブラーニング スタディタイム」と呼ばれる70分型授業だ。教師が一方的に説明する従来の授業を全面的に廃止し、代わりに生徒の能動的な学びを引き出すために、下記3つのフェーズに基づいて授業が展開される。

 
①    インプット・フェーズ(30分)

②    アクティブ・フェーズ(20分)

③    リインフォースメント・フェーズ(20分)

フェーズ①では学習の基本となる知識を教師が解説する。いくら能動的な学びを重視するとはいえ、基本的な知識がなければ、思考もクラスメートとの議論も生まれない。その代りに、一方的な説明は最小時間で効率良く行えるように、これまで教師が板書してきた内容はすべてパワーポイント資料で準備され、スクリーンに投影される。また、パワーポイント資料は生徒にも配布し、スクリーンの内容をノートに書き写す時間も短縮されている。これは、板書やノートに書き写す時間が子どもの学力に結び付きにくいという考えに基づいた取り組みだ。


次に、フェーズ②ではフェーズ①で獲得した知識を活用しながら、ディスカッション、プレゼンテーション、実験等を生徒たちが主体的に行う。いま流行のアクティブ・ラーニングと言われる授業形態であり、70分型授業の目玉でもある。僕が見学した高校2年生の政治経済の授業では、「ギリシャ危機によって円高になるか?円安になるか?」というテーマについて生徒たちが議論をしていた。生徒たちからは「なぜ外国人は日本円を買うんだろう?」、「あれ、そもそもギリシャの通貨ってなんだっけ?」といった本質的な質問が飛び出し、話し合いは活発に行われていた。点を覚える暗記型学習とは異なり、良質な問いを伴ったアクティブ・ラーニングでは、学習対象の仕組みや流れを俯瞰して学べる利点がある。そういう意味で、生徒たちの学びの幅が広がっている印象を受けた。
 
  

最後のフェーズ③では復習のための演習に時間を使い、学んだ内容を定着させることを目的とする。フェーズ①と②で新しい単元を導入し、フェーズ③で学びを強化し確かなものにする、というのが70分型授業の構成である。


▮改革その2「DEタイム」

昼休み前の35分間、生徒たちは全員に配布されている「iPad mini」を使って弱点を総復習する。専用のクラウドには18万ページもの学習プリントが用意されており、一人一人のレベルに合ったものを選択することができる。これは「Developmental Education Time」と呼ばれる学び直しの時間であり、生徒たちは学び直しのポイントを自分で選び、自分の計画に沿って学習を進めていく。旭川藤女子高等学校の宮本教頭先生は「弱点克服とともに、将来的には予習にも範囲を広げ、自ら学ぶ力を高める時間にしたい」と語っている。「iPad mini」を活用することで一斉授業では難しい個人の習熟度に合わせた学習が可能になっている。また、生徒自ら学習内容を選択し、計画を立て、実行をすることで自ら学ぶ経験を積むことができる。この2つに大きな魅力を感じた。
  

 

▮改革その3「PDS手帳」

ビジネスの世界でお馴染の「PDSサイクル」を学校教育に導入したのが3つ目の改革だ。自分の目標に対して計画(Plan)を立て、実践(Do)する。その後、自分の活動の良かった点や改善点を振り返り(See)、次の活動に活かす。目標とPDSサイクルを専用の手帳に日々記入をすることで、生徒たちの自立と自律を育む。他の2つの改革と比べると、「PDS手帳」は子どもが自力で学び続ける力の育成に特化したものだと言える。

 

▮学力のバランスがカギ

旭川藤女子高等学校の説明会を聴講して感じるのは、学校が提供する学力のバランスの良さである。ここ数年、知識偏重型の教育が批判され、探究型学習や創造性を育む教育が注目されている。しかし、過度な知識の軽視は子どもを間違った方向に導く恐れがあると僕は考える。具体例を挙げて説明する。文部科学省はこれからの社会を生きるうえで必要な学力を下記の3つとしている。


①知識・技能

②知識・技能を活用するための思考力、判断力、表現力

③学習に取り組む意欲や学び続ける力

 近年、日本の子どもたちは学力②と③に大きな課題があると考えられてきた。知識を問うような問題は正解できるのだが、いざ知識を活用して解く応用問題や記述問題になると、正答率が急激に下がる。具体的な問題例については下記のイメージを参照してほしい。①の問題は96%の子どもが正解できる一方で、②の問題の正解率は18%まで落ちる。


 



また、2012年のPISA(OECDの学習到達度調査)では、日本の子どもたちは読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーでトップクラスの結果を残したものの、学習に対する効力感(できる!という感覚)、動機づけ、興味や関心の調査ではOECD諸国の中で最下位に近いという結果が出ている。(なぜかこちらの結果はメディアであまり報道されない・・・)これらのデータにより学力②と③の向上が日本教育の最優先課題とされてきた。



ただ、すこし冷静になって考えてみたい。いま問題になっているのは、「知識偏重」という学力のバランスの悪さであり、学力①=悪ということではない。学力②と③を高める教育を追求するあまり「学力①は悪だ!」のような極端な主張を耳にすることもあるが、それはいくらなんでも言い過ぎである。

例えば、先ほど紹介した政治経済の授業では、「ギリシャ危機によって円高になるか?円安になるか?」というテーマについて議論をすることで、学力②が育まれる。問題の本質について自分なりに思考し、自分がそれについてどう考えるのかを判断する。そして、出てきた結論を他のメンバーにわかるように表現をするのである。その議論の基盤になっているのが、実は学力①である。そもそもギリシャ危機が何を指しているのか、円高と円安はどんな意味なのか等、基本的な知識がなければ議論は成り立たない。最低限の語彙や言い回しもわかっていなければ、クラスメートとの話し合いも深まらず、形式的なものになってしまう。そうなってしまったら、学力②が育まれる前に、できない、わからない経験の連続で学力③までもがかえって下がってしまうだろう。

 

 

▮学力3兄弟説!?

だからこそ、3つの学力のバランスがとても重要だと僕は考えている。そういう意味で旭川藤女子高等学校の3つの学び改革には下記のような役割分担があり、バランスの良さを感じる。

・「アクティブラーニング スタディタイム」→学力①、②を育む
 
・「DEタイム」→学力①、③を育む
 
・「PDS手帳」→学力③を育む

 
繰り返しになるが、日本の学力に関する問題はバランスの悪さに原因がある。3つの学力は独立しているのではなく、相互に影響し合いながら伸びるものである。そこで、僕は3つの学力を3兄弟に見立てた。一人でも抜けたり、ひいきされ過ぎたりすると、他の二人は途方に暮れるか、喧嘩をしてしまい、役割を果たせなくなってしまう。3人揃うと力を発揮する特徴があるため、ぜひこの3人とはバランス良く付き合っていきたい。



最後に、これからわが子に確かな学力をつけてくれる学校を探している方へ。ぜひ学校側に「3つの学力のバランスについてどう考え、どう保証していますか?」という質問をぶつけてみてほしい。その質問に対して真摯に回答をしてくれる学校は期待できる可能性が高いだろう。知識偏重型教育への極端な批判に惑わされないように。